英語の発音

英語の発音

英語の「読む」能力の改善と訓練について、いままで何度か書いてきたけれど、読む前にひとつ抑えておくポイントがある。

英語の「発音」だ。

おおよそ書かれたものを読むのは、どう音声化されるかの知識が欠かせない。だから、ここで必要な知識は正確にはふたつある。1)英語に特有な音声についての知識と、2)その発音が綴り字とどのような関係にあるかの知識。

英語に限らず、読むことを通じて外国語の訓練をしようとする場合には、この二つを出来るだけ早期に身に着けておくのがよい。そのほうが習ったことの歩留まりがよいし、それ以上に間違って覚えていた場合、あとになればなるほど直すのが面倒になる。

なお、きょうのエントリの主な対象は

  • 英語の聞き取りに自信がない人
  • 綴り字をみて発音の類推が出来ない、または自信がない人
  • どちらもほどほどに大丈夫だが、もう少し改善したい人
  • 英語の発音を練習しなければいけないのではないかと、漠然とした不安を持っている人

である。

速読をするのには音読しないほうがいいという説があって、これはまったくその通りなのだが*1、このエントリでは音読がまだ出来ない(あるいはすらすらとは出来ない)人を主な対象にしている。逆にいうと、音読が出来ない人は、速読訓練法などに手を出すべきではない。それは逆上がりが出来ないうちからムーンサルトの練習を始めるようなものだ。

英語の綴り字と発音

英語は比較的綴り字と発音の対応がぐちゃぐちゃな言語である*2。かなのような、例外のあまりない表記システムに慣れた日本人には、ややつらいかもしれない。

しかし我々は普段もっと複雑な音声表記システムを駆使している。和漢混交文、かな漢字交じりの表記である。しかも日本語では漢語の場合、同音異字があるのでさらにややこしい。表記に関しては、現代日本語は世界でも有数の複雑な表記体系をもつ。近代英語の綴り字はそれよりはもう少しましなので――複雑ではあるが、規則がまったくないわけではない*3――、綴り字との対応関係についていえば、英語は日本語よりずっと簡単である。

そうして、規則を覚えればかなり便利である。すらすらと音読できるようになる。そしてこの規則はある程度意識を向けて、繰返し練習をすれば、簡単に身に付く。

英語の綴り字(と発音の対応規則)を覚えるやり方に、フォニックスというのがある。英語国の初等教育でしばしば使われる――ええ、つまりわたしがいいたいのはですね、英語国謹製のフォニックス教材ってやつは脳が溶けそうなくらいお子様向きでむずがゆいということなんですが、まあ、これはそういうものだと思って、お付き合いください。綴り字規則を覚えるだけなら、大抵の人は、この段階を1ヶ月かそれ未満で卒業できると思う。

本でも出ているが、ネットでも教材サイトがいくつかある。いくつかみた限りでは ABC テレビの教育番組 Let's Start Smart*4VTR教材が、時間も手ごろで(1分から1分30秒前後)、発音も米語標準で聞きやすく、ビデオの数もそこそこ豊富で、よいかと思う。一例を示しておく。

教材は http://letsstartsmart.com/ で市販もされているようだが、YouTube にあるものだけでも十分かなと個人的には思った。

ひとつの教材を繰り返し学習することが重要である。繰返し学習のやり方については、海馬について押さえておくべきたった3つのこと、あるいはH・Mさんに花束を - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wakeですでに述べたので割愛する。

なおフォニックスの規則全般は http://www.phonicsontheweb.com/ などで確認できる。*5

発音は練習するな

英語の発音は練習するな。てなんか情報商材の煽りみたいだが、私はかなりまじめにそう思っている。もちろん練習すればその分多少なりとも向上するのは当たり前だが、はっきりいって時間の無駄である。なぜか。

1)いまから練習しても、正確に発音できるようにはならない

冷厳な事実であるが、はっきりいっておく。加えて独習で発音が改善されることはまずない。ボイストレーナーについて、駄目出しをもらって、なんども練習して、はじめて発音は改善される。『マイ・フェア・レディ』を思い出してもらいたい。スペインの雨は主に平野に振る。まああれは母語の場合(ロンドン下町方言を上流階級の標準的な発音に矯正)だけれど、外国語の場合はさらに矯正が困難になるになることは想像に難くないだろう。成果を出すには、相応の時間と金がかかる。その投下コストは、おそらく大抵の人の場合、リターンに見合わないだろうと私は考えている――むろん、あなたが俳優や歌手で全米デビューなどを目指しているなら、話は別だ。そういう方は、目の前の小金を惜しまず、ボイストレーニングを受けたほうがよい。またあなたがこれから英語を始めるなら、エントリ冒頭に書いたように早期訓練は効果を発揮する。ですが、お気の毒ながら、たぶんもうその時期は過ぎたかと拝察します(いままで何年英語をおやりになりましたか?6年?10年?それとも20年?)。いかがは。

次善の策としては、1)ネイティヴ・スピーカー等に矯正してもらうか2)自分で録音し、お手本と聞き比べて直していく手がある。1)はそんな親切なひとがいるのかというのも問題だが、それは最近は語学交換ウェブサイトがあるので、探せないことはない。"Language exchange"で検索してみるとよい。それよりは直してもらった人が訛っている場合が往々にあることのほうが問題である。また案外にモチベーションを維持するのは大変である。2)は手っ取りばやく始められ、費用もかからないが、これもやはりモチベーションを維持するのは大変である。録音機材についてはSergejOさんの英語落ちこぼれ→取りあえずTOEIC935点のsergejOが贈る 大人から始める英語講座 第四回 具体論1 発音のお勉強 - はてなに於けるsergejO に詳しいのでご参照ください。PCの方は、マイクを繋いで録音するのでもよいと思う*6

外国語を使う場合に、母語や既習外国語の影響、つまり訛りが出ることはよく知られている。ここで思い出してもらいたいのは、英語を話す機会はなにも英語母語話者相手だけではないということだ。つまり

2)相手が話す英語も、かなりの確率で「正確な英語」ではない

言い換えれば、英語はネイティヴ・スピーカーだけの言語ではない、国際語としての英語では「訛った」「不正確」な英語のほうがもはや多数派なのだということだ。http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20071130-01.htmlはやや古い記事だが、その現象を取り上げて詳細に解説している。

つまり、英語を話す機会があったとしても、現代社会では相手もまた英語母語話者ではない――当然訛りがある――ことが多いということだ。相手が「正確な英語」を話すわけではないのに、正確な英語を聴く訓練をやっても、現実の世界での聴き取り能力とは必ずしも結びつかない。具体的なコミュニケーションと結びつかない言語の訓練など、再び、時間の無駄である。

そして英語母語話者なら訛りがないかといえば、もちろんそんなことはない。いろいろな訛りがあって、なかには他の英語母語話者からも聞きづらいものもある。「正確な英語」を聞き、話す訓練をしたとしても、そのような場面は現実にはほとんど生まれない。お互いに訛った英語を使って話す、それが現実だ。

重ねていう。「正確な英語」を聴く訓練、まして話す訓練など、理想気体を実験室のなかで実現しようとするようなものだ。そうしてあなたの方が仮に正確な英語を話す能力を身に着けたとしても、あなたが聞く英語は依然訛りのある現実の英語である。もちろん、あなたが英語教育を生涯の職にされるのだったら、それはご立派な努力というものだが――そのためにJETのアシスタントがいるんじゃないですかね。昨今は。

むろん、あなたの英語が通じないということは、ありえる。しかし、それは「正確さ」が足りないからではない。話の相手が、英語だと思う範疇から大幅にずれているからだというのに過ぎない。あるいはたんに声が小さかったり、もごもごと不明瞭で、相手が聴き取れるだけの物理的音響でなかったからかもしれない。発音に訛りがあっても、はっきり大きな声でおちついて話すことで、たいていの場合は意思の疎通を行うことが出来る。また「リズムが悪い」「イントネーションが悪い」という場合があって、これにはシャドウイング shadowing というお手本の英語に被せて自分も読んでいく訓練法が有効だが、ひとつひとつの発音の精度を上げることとはやはり関係ない。

アマノイワトと流しそうめん | On Off and Beyondには、「日本人訛りだけれど聞きやすい」英語の例と、その人の訓練法――動画を利用したシャドウイング――が紹介されていて参考になる。

英語を聴く訓練

日本人が英語の音声を聴けないのは、日本語にない音声が多いからだ、という指摘がある。これはその通りだと思う。実は告白すればわたしもそれについてはいろいろと努力をしてみた。そうして、時間の無駄だという結論に達した。というか、相変わらず私は r と l を混同するし、s と th も聞き分けできないし [si] がいえずに /shi/ になることもしょっちゅうだが、それでもこうして生きています。国際会議にいって英語で発表し質疑をし、あるいはへべれけで街を歩いたりしております。まあ生きていれば人間なんとかなる。

ここで「日本語には同音多義語が沢山ある」ということを思い出してほしい。けれども我々は口頭のコミュニケーションでさえ、そのことをあまり意識せずに暮らしている。「貴社の記者は汽車で帰社」という冗句があるが、現実の会話のなかで汽車と記者を取り違えることはあまりない――文脈が違うからだ。

英語だって同じである。同音異義語が沢山あるのだと割り切ろう。綴りの違う同音異義語が沢山あるのだ。sit と shit は同音異義語だ。cunt と can't も同音異議語だ。but と bat と bot同音異義語なのだ。英語母語話者にとってはそうではないかもしれないが、あなたにとってそうなのだ。だってあなたにはこれらを発音しわけられないし、聞き分けられない。だから現実の問題としてそれはあなたにとって同音異義語なのだ。だが、文脈上これらの語には互換がないので、文脈さえ追えていれば、混同することはありえない。

むろん――訓練すればおぼろげな聞き分けは出来るようになる。注意深く発音しわけることも不可能ではない。しかし私は予言するが、例えばニューアーク空港でトランジットの際にラゲッジクレームであなたの荷物が出てこなかった件で係員に文句をつけるとき、そのような茫漠とした技能と心遣いのすべてはあなたの脳裏から吹き飛ぶであろう。失礼ですが、あなたがそこまで冷静な方かどうか、わたしは知らない。それに「正確な発音」が出来ても大して役にはたつまい。むしろそこで必要なのは、はっきりした大きな声と相手の眼を見据えていいたいことはしっかりいう意志力であろう。

クリティカルな場面で出てこない知識など、田んぼの肥やし以下であり、そんなものに費やす時間は暇つぶし以下でしかない。だから正確な発音など、他のことに増して無理に身に付けるような代物ではないと私は思う。

もちろん、うっすらとでもそれらの音声の違いが分かれば越したことはない。文脈に頼る率が減るし、誤解を与える可能性も少なくなる。だから、あなたがどうしても発音の違いにこだわりたいなら、止める気はない。そこであなたの目標は大きく二つに分かれる。

1)単語ごとに同音異義語が沢山あると思って、綴りをしっかり覚える
2)似た発音の取り合わせを聞き分ける訓練を繰り返して精度を上げる

そこで私がお勧めするのは再びフォニックスだ。どちらの目標にもフォニックスは有効だ。もともとが発音と綴りを結びつける訓練なので、1)綴りと発音の規則的な結合を覚えるのに適しているし、また2)類似の発音を組みあわせて学習するフォニックスでは、結果的に聞き分けの訓練にもなる。

ネットにあるフォニックス教材には既に触れたが、『英語耳』の付属CDもフォニックス教材としても結構使える。手もとにある方はお試しください。

英語耳 発音ができるとリスニングができる(CD付き)

英語耳 発音ができるとリスニングができる(CD付き)

なお発音が出来ることそれ自体は目的ではないが、練習時には声に出したほうがよい。単純に、聞くだけ・読むだけのインプットだけより、口にするアウトプットもあったほうが学習効率がよいのである。だから、たんに聞き流すだけではなく、リピーティング(一度再生を止めて繰り返す)やシャドウイング(少し遅れて聴いたものを口にする、自分の声で教材がかき消されないようにヘッドフォンを使うのがよい)をするのがお勧めである。ただし、発音しわけることはここでの目的ではない。うまく出来ないからといって過度に気にする必要はない。ここまでいわれても発音の正確さにこだわりのある方は、このエントリの冒頭でも触れたように、声を録音して、あとで聞いてみるといいだろう。

なお、単語の発音と文の発話はまた別である。上でも少し触れたが、日本人の英語が通じにくい原因のひとつは、英語本来のイントネーションとリズムがだいぶ違っているためであることが多い。以前のエントリ「なにいってっかわかんねーよ」へのコメントでid:DrMarksが紹介していた「日本人の英語が通じないといわれて、その日本人がいったことをそのまま繰り返すだけで意味が通じた」というのは、個々の音声というよりはこうした文単位・句単位での発音の違いに起因することが多いと推測する。これを直すには、シャドウイングが有効であるが、シャドウイングの詳しいやり方については別項に譲りたい。

追記:はてなブックマークトラックバックでの反応へのお返事をまとめました。
「英語の発音」へのコメントとお返事 - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake

追記:シャドウイングについて書きました。シャドウイングの始め方 - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake

関連エントリ:

*1:別エントリでも書いたが、音読なしに英語を読むことは、わたし自身の今年の学習目標でもある。

*2:むかしはそうでなかった。古英語や初期の中英語では綴り字と発音はもっと規則的に対応していたと考えられている。いまのようになったのは主に13Cから17Cに起こった「大母音遷移」(Great Vowel Shift, 大母音推移とも)のおかげである。

*3:ウィキペディア日本語版フォニックス」によれば、「英語の綴字法について音節構造・音声学・アクセントを考慮にいれると、その75%以上が信頼できるようなルール群が存在する」そうである。

*4:関係のないサイトにリンクされていたので遅ればせながら削除しました。もとからそうだったのかドメインが第三者に渡ったのかは調査していません。

*5:ただしこのサイトには音声教材はない。学習者のためのサイトではなくむしろ教育実践者のためのサイトのようなので、当たり前といえば当たり前か。

*6:わたしはそうしていた。