Pavane (pour une infante defunee)

(転載) 2004年06月26日 21:16

他者と分かるものは真に他者なのか? F.は「私でないもの」と「私と違うもの」をわけ、H.は後者を他者他在と呼んだ。

レレレの小父さんは他者を超越と呼び、私が理解することの出来ないものであるという。そこでは他者とは死者の別の名に他ならない。

我々は死者を「われわれへと応答不可能なもの」と定位することができよう。そのとき彼らは我々にとって何であり、我々は彼らにとって何でありうるのか。無数の応答しない死者たちを前にして、ある人が指摘するように、我々は自らの生を「罰せられたもの」としてしかもはや引き受けることが出来ないのか? それともまだ我々には我々をしてなにごとかをなさしめる一輪の薔薇が残されているのだろうか。---- そもそも死者とは誰/何のことか。死者が他者であるなら、我々は彼らを誰かとして語ることがそもそもできるのであろうか((原文の侭にあらず))。