聖☆おにいさん 2
- 作者: 中村光
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/07/23
- メディア: コミック
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聖☆おにいさん 二巻
[ネタバレがあります]。
今回も小ネタの積み重ねでくすぐってくれます。ときどきタイミングの問題なのかツボに入ると爆笑できます。どうも自分はページをめくったところに思わぬオチがあるパターンに弱いらしい。あとこの漫画には噴き出し外のちょっとした一言がさらに元ネタのパロディになっているというのが多いですね。これも爆笑というのではないけど、なんか嬉しいです。にやっというのではなく、好きな人のいつもの癖をまたみたようで、ちょっと嬉しい。そんな感じ。
一巻では出てこなかった(ような気がする)水→ぶどう酒奇跡(ヨハネ福音書2章)ですが、二巻では大盤振る舞いで銭湯の湯船が丸々赤ぶどう酒になります。これをうまそうに飲む皆様ですが、夏の昼間からホットワインというのはちょい重くないのだろうか。気になります。なおここでは銭湯のおやじさんの台詞として「この酒うまいよ」という福音書のパロディが出てくるのも嬉しいです。
このエピソードによらず、『聖☆おにいさん』のイエスは楽しく飲み食いする姿が描かれるのが、個人的にはツボです。つまりグノーシス的ではないのです。イエスがいろんな人と飲み食いする話は全福音書に出てきますが(給食の奇跡とか)、ことにヨハネ福音書に顕著です。カナの奇跡はヨハネ福音書の冒頭の奇跡ですが、それは婚姻の祝福であると同時に将来制定される聖体(血=ぶどう酒)の機密の予示でもありそして「ものを食べる」という意味で肉体を備えたイエス像の提示でもあります。ものを食べることがヨハネ福音書のナラティブのなかで大きな意味をもっているのは復活後の記述にも明らかで、そこに出てくる奇跡はともに食事の場面を伴い、イエスが弟子たちと共に食事したと述べています(復活後の弟子への出現、トマスへの出現、ガリラヤ湖での出現)。これはグノーシス的な仮現説(地上のイエスは肉体などという不浄な劣ったものを持たない、幻であったという説)と逆の立場です。グノーシスのイエスはお弁当が楽しみだったりケーキのどの部分食べられるかで悶えたりしないイエスなのだ。食べるということはグノーシス的な肉体をもたないイエスには何の意味もないのだから。『聖☆おにいさん』が細かいところでは詰めの甘さを感じさせつつ、しかし多くの業界関係者に好意的に迎えられているのは、こうした大きなところで伝統的な教説のもつイエス像の根幹を共有しているからではないかなあ、と今回いろいろな食事ネタにくすくすしながら、考えたことであったよ。
一方2巻で残念な点。イエスのキャラはときどき違うなと思いました。今回「逆奇跡」というネタがはじめて出てきます。前回パンにかえてしまった皿を戻すというので「逆奇跡」というのですが、嫌なことを一生懸命考えて暗い気分になる、というのですね。個人的にはキャラが違うと思います。イエスにはベツレヘムの流れ星という異名があるんだそうですが、旧約聖書ではあんなにぼんぼん人とか街とかぶっ壊してた君らしくもない/この辺父ではないかという説もあるんですが私はそこで父と子を区別する意味はあまりないと思っています。ヤハウェが父のみを指すというのは西での主流みたいですが、東では必ずしも受け入れられていません。そこまで遡らなくても、いちじく食べようと思ったら実がなかったよで――実がなる時期でもないのに――木を枯らす怒りんぼイエスというのがあるので、適度にマジ切れするイエス像も出して欲しい。『聖☆おにいさん』では海(といっても実際には湖。ガリラヤ湖。琵琶湖をあはうみ<あふみと古代の日本人が呼んだようなものか)に逆切れするイエスというのが回想で出てきましたが、一こまだものねえ。
同じくイエスの発言に「私の悪口いっても意味ないから」というのがあり、これは福音書の一部と調和するものの、聖書全体からいうとどうなのかそこんとこ、と思わなくもない。どうも『聖☆おにいさん』のイエスはアガペー(だけ)を強調するプロテスタント的イエス像の影響が強いなと思います。それも一面なんですが、光栄を顕して生ける者と死せる者とを審判するためにまた来る畏るべき万能主としての一面もたまには描いてほしいです(ぜいたく)*1。
2巻の残念な点その2。アナンダが出てくるのにイエスの弟子が出てこない。ユダさえ!*2。またマーヤー母さんは絵が出てきたのにマリア母さんは今回も絵が出てきませんでした*3。作者はもともと仏教美術に縁の深い方のようですが、キリスト教とその伝承にももうさらに少し愛情を注いでいただけるとファンとしてはまことにありがたく存じます。もっとも、キリスト教はマイナー宗教ですから(日本では)、業界的にはとても有名な伝承でも一般読者には全然何のことやらということはあり、いろいろ難しい問題があるのかもしれません。
ともかく今回も全体としては楽しく読みました。来年1月予定という次巻にも期待しています。
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実は上記の記事、先月末に2巻を入手してわりとすぐに書いた。1巻も参照し直して細かいところをチェックしたかったのだが、ちと身辺が立て込んでいるので、いつになるかわからない。というわけで一度公表する。異同などについて、ご教示いただければ幸い。
ところで、釈迦族の王子シッダールタとキリスト教の関係ということでは、だいぶん固有名詞が変形してはいるものの、「バルラムとヨアサフ」という伝承がキリスト教にはある(正教会読みだと「ワルラアムとイオアサフ」)。たしかヴォラギネの『黄金伝説』にも出てくるはず。正教会バージョンの伝承はこちら。なおイオアサフはいまでも正教では聖人だが、カトリックは20世紀中ごろ、「史実性の証明されない」聖人かなんかいって、教会暦からヨアサフを外した、と聞いている(ソースにはあたってない)*4。こういうところにも、両教会の文化の違いが現れているのかな、なんてね。
追記。松永英明さんの『聖☆おにいさん』Tシャツ文字のモトネタ一覧が更新されていた。これずっとアップデートしていくつもりなのだろうか。すごいな。というのはおいて、クシナガラ/銀貨30枚は、クシナガラ/ゴルゴタでは付き過ぎてしまうからではないでしょうか(地名/地名)。しかしなんとも不穏な文字が並んでいる。また病気ネタなんだろうか。