ダニイルさまだいにんき

文字通りのけぞりました。

ロシア正教の規約では、(引用者注:モスクワと全ロシアの)総主教の選挙はできるだけ一般のロシア正教徒に参加してもらことが望ましいとしている。今回は時代の流れに沿って、ウェブで投票をやろうということになった。ロシア教会だけではなく他の教会も、教会を宣伝し、若くて新しい信者を引き集めるためにネットを積極的に使っている。

 ロシア正教会は、ロシア総主教の選挙に当たって特別のサイト(www.zapatriarha.ru)を設置した。そのサイトには、次期総主教の資格がある34名の大主教と77名の府主教の候補の写真が載っている。写真の下のボタンをクリックすると、その候補に1票が入るという仕組みだ。要するにネット上の人気投票である。

 最初は予想通り、キリル大主教がリードしていた。しかし1月13日に突然、候補者の列のはるか後方に掲載されていた東京の大主教、ダニイル主代郁夫(ぬしろ・いくお)が77%以上を集め、キリル候補の人気をはるかに上回って、トップになってしまったのである。ダニイルは日本教会を代表する主教だ。

なんと支持率1位は日本人 ロシア正教・総主教のオンライン人気投票で異変―JBPress

驚いたこと(そうして驚きつつなるほどと思ったこと)いくつか:

  • 被選挙権あるんだ!
  • ロシア人は大主教って呼ぶんだ!(というのはどうもたんにライターの勘違いによるものらしい。後述。

ネット投票というのはそれほど驚かなかった。現在の西方教会と違い、東方正教会では主教の選出には信者も参加することができる。西方でも昔は、ミラノのアンブロシウスなどの主教擁立には信者が参加していた形跡があるが、その権利は中世に教会高位聖職者に独占されて、そうして現在のローマ教皇選挙(コンクラーベ)などの制度が出来上がっていく。東西の伝統の違いを感じる。

大主教という称号には説明が必要だろう。「東京の大主教、ダニイル主代郁夫」というのは正しい。一方彼は同時に「日本教会を代表する主教」でもあり、ゆえに「日本の府主教」Metropolitan of Japan の称号も有する。それで日本の正教会では、大主教と呼ばれることはあまりない。しかしロシアでは東京の大主教と呼ぶこともあるんだなと、それを面白く感じた。主教はもっぱら都市に任ぜられるのだなと、あらためて思った*1。これは驚きはしたが、考えかたとしては理解できる。

http://zapatriarha.ru/ をみると、たしかに載ってるんだがええとここでは(ちゃんと) Metropolitan って書いてありますよ? 府主教の一番末席に書いてあって、それは大主教とは別の扱いである。なんでオリジナルにある情報をわざわざ書き換えちゃうのだか、JBPressのライターの意図がわからない。/一晩おいて、よくみてみるとスモレンスクのキリールまで「大主教」になってるな。ありえない間違いだ。これたんに翻訳者なり校正者なりのミスである可能性が多いのではないかという気がしてきた。

被選挙権があるということは本当に驚いた。日本正教会は1970年代に自治権を得て自治教会になった(この独立は歴史的な事情があって、コンスタンディヌーポリスなどの一部の教会からは承認されていない。教会法上の解釈をめぐる問題なので、日本正教会正教会の一部であることにはかわりない)。自治というからには本国もまああって、ロシア教会の庇護下に置かれることになっている。ていうかもとからロシア人が正教を広めたわけですが。それで、自治教会の主教にも選挙権があるというのは、理窟としてはわかるけれど、ちょっと盲点だった……え、ということは仙台の主教さまにも被選挙権があるってこと? それはなんというか萌えるなあ。あとでサイトをチェックせねばならん(マテ 載ってました。コメント欄があるのね。http://zapatriarha.ru/info.asp?i=181 ダニイルさまのもみてみる http://zapatriarha.ru/info.asp?i=180 たしかに半端ない盛り上がりだ……ただそうとう過大な期待もあるような気がする。クラッキングはどうも中国国内の TOR からきたことを疑われているようだ。悪戯かな?と思えるコメントもあるなかで、これは正教を知っている人間でなければかけないと思われるコメント(アクシオス!とか「府主教と日本の教会を記憶します」とか)もあり、すべてが悪戯ではないだろうとも思った。

日本正教会はながく京都主教座が空位だったりして(ダニイル府主教さまが兼任している)、人手が足りなさげなので、ここでさらにひとり抜けると栄転?とはいえ後が大変だよな、とたぶんそうはならないんだけど、部外者ながら(信者ではないのです)ちょっと微妙な気持ちになった。ファン(ファンって安いことばだけれど)なのでなおさらそうなる――たまに東京にいったときに、あるいは主教さんが地方にきたときに聴く説教は分かりやすくて私は好きなのだ。人づてにきいたおととしのクリスマスの説教で、陥罪(西でいう原罪と近いが神学的な詳細は異なる)を「根性が曲がっている」といったのなど、非常に腑におちて、そうして親しみやすさもあって、好きな説教のひとつである。

ともあれ、全ロシアとモスクワの総主教の座にどなたが着座されるのか、楽しみに続報をまちたいと思う。

*1:これは西でも同じで、ローマ教皇の正式な称号は「ローマ司教」とはじまる。主教と司教というのはギリシア語では episcopos といい原語は同じである。