ウィキメディア・プロジェクトの2008年

ラノベまとめをしたところ、他のこともまとめてみたくなった。まずはウィキメディア・プロジェクト界隈のことを。そこで自分のウィキメディア・プロジェクト関連ブログ g:wikipedia:id:Britty の今年分エントリをざっと通読し、重要と思ったニュースをまとめてみた(ほぼ発生順)。あちらに書くべきことであるようには思うが、年の最後の賑やかしということで、まあいいだろう。たまにはウィキメディアのことを書いてほしいという要望をいただいたことでもあるし。

なおこれは私の独断と偏見によるまとめであり、他のプロジェクト参加者にはそれぞれのご意見があるだろう。そういうものも読んでみたいと思う。もしお書きになったときには TB を下さると嬉しいです。それから、できれば、他の FLOSS コミュニティのまとめなんかも。

ウィキメディア財団・国別協会運営篇

  • 財団事務所、カリフォルニアへ引越し(1月)

 発足以来フロリダにあったウィキメディア財団http://wikimediafoundation.org 以下WMF)の事務所をサンフランシスコに移転。あわせて大規模な新規雇用を行い、12月現在では非常勤・在外勤務含め23人。2005年の春まで正規雇用職員がいなかったことを思うと隔世の感がある。

 ダボス会議で毎年選んでいる「テクノロジー・パイオニア」にWMFが今年はじめて選ばれ、当時理事長だったフローランス・ドゥヴォアールが会議に出席した。政府関係者や他の社会福祉団体関係者と会談する機会を得て、かなり有意義な時間だった、とのこと。

 新スタッフに替わってから眼に見える変化のひとつ。http://blog.wikimedia.org/ で随時更新しています。書いているのは基本的に職員、ときたま国別協会の役員やコミュニケーションズ委員会メンバー(=各国のボランティアユーザ)。わたしも一度投稿しています(http://blog.wikimedia.org/2008/06/27/japanese-and-polish-wikipedia-500k-article-milestones/
)。これクレジットは私のみになってしまってますが、実際には私とポーランド協会理事の Wojciech Pędzich の共同執筆です*1

  • 新理事会発足(7月)

 6月からの理事選に、2004年以来ユーザ代表としてWMF理事だったフローランス・ドゥヴォアールが不出馬を宣言、その後任をめぐりなかなかの激戦になった。入れ替わりで当選したのは Ting Chen, ドイツ在住でIBMに勤務する中国人エンジニア。古参のプロジェクトメンバーだが中国語版とドイツ語版以外ではあまり知られていなかった。理事選が知名度争いに堕さなかったのはコミュニティの健全さの指標かとも思い嬉しかった。アジア人理事は2003年のWMF設置以来始めてになる。そういう意味でも意義深い選挙だったと思う。

 2005年から始まったウィキメディアの年次国際会議「ウィキマニアhttp://wikimania.org、今年はエジプト国立アレクサンドリア図書館 (http://www.bibalex.jp/Japanese/) とWMFの共催。はじめてのアフリカ&アラブ地域での開催となりました。もともとアレクサンドリアに各国からの留学生が多いことも相まって、中東地域から多くの参加がありました。アラビア語版プロジェクトは話者人口の割には記事数がまだ少ないので、これがよい刺激になってほしいと思う。なお来年はアルゼンチンでの開催となる。

 これはちょっと残念な話題。前々から運営にいろいろな障害を抱えていたイギリスの国別協会が解散することになった。営利団体としてスタートしたために財団からの承認が遅れる、財務担当者が公務員になって退任せざるを得なくなる(法律上、兼務を許されない状況だったのだ)、など様々な躓きが重なり、設立目的であった外部との提携もあまり捗々しくはなかったため、しかたないのかなとも思う(ただしまったく成果がなかったわけではない。WMF と Save Children との提携はWMUKの事業でもある)。国別協会は2004年のドイツを皮切りに各所に設置されているが*2、解散はこれがはじめて。イギリスでは別メンバーによる国別協会の設立準備が始まっている。健闘を祈りたい。

 国連大学の研究所である UNU-MERIT と WMF が共同で、ウィキペディアの利用者調査を行った。準備は5月から、中間発表は7月にウィキマニアでなされ、アンケートは10月末から11月はじめに実施された。ウィキペディアの利用者についてこれまでも民間の調査はあったが、言語圏が限られるなど、限界があった。学術機関による、大規模な国際的な調査はこれが始めてで、結果の発表が待ち遠しい。

  • FSF から GFDL3.0 リリースされる(11月)

 これは WMF の活動ではないけれど、ウィキメディア・プロジェクトに大きな影響を与えるニュースなので。CC-BY-SA との互換性を持たせるという大きな変化があり、プロジェクトでも大きな話題となった。GFDL3.0 には既存GFDLリリースコンテンツの他ライセンスへの移行猶予期間なるものがあるそうで(来年8月1日まで)、プロジェクト内でもその細部をめぐり議論が始まっている。

  • 寄付強化キャンペーン、過去最高額を集める(12月)

 11月に始まった毎年恒例のWMF寄付強化キャンペーン、今年は大規模な不景気の中で始まりいささか危ぶまれたのだが、キャンペーン中の寄付額は過去最高に達した(日次統計:http://wikimediafoundation.org/wiki/Special:FundraiserStatistics)。まだ今期目標額の600万ドル満額には足りないのだが、このペースだと会計年度が終わる6月までには達成できるのではないだろうか。皆様まことにありがとうございます。
 2009/1/1 16:11 追記。本日、600万ドルに達したらしい。すごいや。寄付してくださったみなさま、ブログなどで取り上げてくださったみなさま、ほんとうにありがとうございます。

プロジェクト篇

 マイルストーンというのは意味があるようでないようなのだが、やはり積み重ねが形になって現れるのは嬉しい。記事を書くほうで私はそれほど貢献できていないが、これは素直に喜びたいと思う。なおこのうち200万余がウィキペディア英語版の記事で、2001年に英語のみでスタートしたという歴史的経緯があるにせよ、英語優位のプロジェクトであることは免れないなと思う。

  • シングル・ユーザ・ログインシステム導入(4月〜6月)

 ここ数年の懸案だった、統一ログインシステム(Extension:CentralAuth http://www.mediawiki.org/wiki/SUL)がようやくウィキメディア・プロジェクトでも導入された。MediaWiki への実装はかなり前から行われていたのだが、名前の衝突をどう解決するかという社会的‐政治的問題の解決などがあり、なかなか実施には至らなかった。一部ではこの統一アカウントシステムは Godot と呼ばれていたくらいだ。導入のおかげでいろいろな障害が回避され、また複数のウィキにアクセスする場合でもログイン状態は保持されるので、複数プロジェクトに参加している人にとっては劇的に便利になった。なお、現在、新しいアカウントを作った場合には、すべて統一アカウントになる一方、導入以前からあった既存アカウントは手動で統合することが必要となる。

  • Extention FlaggedRevs 実装と導入――「閲覧者」バージョンと「編集者」バージョンの分離(4月〜)

 これもここ数年の懸案だった、査読済みの「閲覧者」バージョンと要査読の「編集者」バージョンの分離が新拡張機能 FlaggedRevs (旧名称:Flagged Revisions http://www.mediawiki.org/wiki/Extension:FlaggedRevs)の実装により可能になった。これにより非ログイン者などの閲覧者には荒らしなどのない版を提供できる。現在のところ、ウィキペディア独語版ウィキニュース英語版で使われている。
 この機能はもともとドイツ語版コミュニティが熱望していたもので、最初はボランティアによる開発を無償で行っていたが、2007年からはドイツ協会が契約したプログラマにより有償で開発が行われた。ボランティアプロジェクトでもやはりここぞというときには資金の投入が出来たほうがよいと、改めて思い知らされる。
 機能自体はすべてのウィキメディアのウィキで使用可能だが、実際の導入と査読者の認定は各プロジェクトの自主性に任されている。日本語版プロジェクトではウィキニュースで導入の話が大筋まとまりつつある。こちらは来年の課題といったところ。

  • 中国政府のフィルタリング、一時的に解除される(7月)

 Great Fire Wall こと中国のフィルタリングがオリンピックのために7月、解除された。このおかげで中国のユーザはウィキペディアへアクセスできるようになった。フィルタリングはまた復活してきているようだが、西側の圧力が有効なこともあることが分かったのは大きいと思っている。人権問題について、たゆみなく中国政府に圧力を掛けていくことの大事さを改めて感じた。

 ドイツのマルチメディア企業グループ・ベルテルスマンの子会社になっている出版社ランダムハウスから、ウィキペディア独語版の抜粋が発売された。年鑑のような、時事用語中心の編集らしい。売り上げの一部はウィキメディア・ドイツ協会への寄付となる。amazon.de から買えるんじゃないかな。

 手元の資料では正確にいつ始まったのか分からないのだが、フランスで「ウィキペディアの画像を奇麗に大判の写真としてプリントアウトします」というサービスをある企業が提供しはじめた(なんか微妙にフランスっぽいサービスだなと感じるが、なぜそう思うのかは自分でも説明しがたい)。こちらも売り上げの一部はウィキメディア・フランス協会へ寄付される。

プロジェクト内の細かいこと――個別の荒らし対応といったような――は、こういう公の場で書くことで変にインセンティブを与えてもつまらないし、あえて書かない。この点に関しては、来年は今年より平穏な年であってほしいと思っている。

*1:このときは私も Communications Committee のメンバーでした。あとでやめています。ひとところに長くいすぎるのはよくない。

*2:アジアでは台湾・香港・インドネシアに法人格をもつ国別協会がある。ほか近隣ではオーストラリアにも法人がある。インドとマカオにも法人設立を目指すユーザグループがあると聞いている。