コミュニティが衰退する?

スラッシュドット・ジャパンにWikipedian人口、急激に減少中 | スラド オープンソースというスレッドが出来ているそうで、ざっと目を通してみた。

まず最近も書いたことだが、ウィキペディア日本語版にだけ関する話を書くときには、ウィキペディア日本語版とフルネームで書き出していただきたいと存ずる。がそれはきょうの本題でないので、置く。

スレッドのすべてのコメントをみていないのだけど、アカウント所持者と匿名投稿者と閲覧メインの利用者が混ざり合って議論しているようで、それはよいことだとおもった。出来るだけ多くの立場の人が参加するほうが、議論に幅が出る。

スレッドの冒頭で Erik Zachte のWikipedia Statistics - Site mapを参照しているが(なお、同じ統計の日本語化されたものが提供されている)、このスレッドを立てた方の統計の使い方は妥当なのかどうか、わたしは統計学にも社会学にも疎いので判別できない。がどうもまずいんじゃないかなという気はする(後述)。話は飛ぶが、このまえ尺度という概念を始めて知って統計についての素養のなさを痛感した。なにかお勧めの本がありましたらご教示願わしく。

さてそれはおいて、「Wikipedian人口」とスレッド冒頭でいわれているものは390人というのだからWikipedia Statistics - Tables - Japaneseでいう"new"の欄だろう。これを人口衰退の兆候とみるのが妥当なのかわたしにはわからない。

最初に懸念したのは、2008年12月のデータが月間総計なのかどうかだが、表の一番したをみるとこうある。なのでそれは気にしなくてよさそうだ。

Generated on Wednesday January 14, 2009 from recent database dump files.
Data processed up to Wednesday December 31, 2008

Wikipedia Statistics - Tables - Japanese

ただ、new というのは新アカウント作成数であり、ユーザー人口の総計ではない。ユーザ総数でみれば、全アカウント数は(これはMediaWikiの仕様上、またGFDLの履歴保持義務との兼ね合い上、削除ができない)300強の純増である。そうして、他の年の11月と12月の新規ユーザアカウント数をみるに、どの年でも12月は前月より微減傾向にあることが見てとれる。日本人は12月には忙しいのだ。

むしろ指標としては、Active users (月間5編集以上および月間100編集以上、new とあるカラムの右隣)をみたほうがよいだろう。月ごとでは先ほどのような季節変動の影響があるので、わたしなら前年度同月期等と比較したい。Zachte 統計から引用する。見方は左から、年・月、全アカウント数、その月に作成された新規アカウント数、その月に5回以上編集をしたアカウント数、同じくその月に100回以上編集したアカウント数である。*1

年・月 全アカウント数 新規アカウント数 一ヶ月以内に5回以上編集をしたアカウント数 一ヶ月以内に100回以上編集したアカウント数
Dec 2008 34874 394 4239 442
Dec 2007 26400 821 4651 565
Dec 2006 15235 909 3916 465
Dec 2005 5456 361 1411 220

前年、一昨年よりはアクティブ・ユーザ(一番右の列が、その月に100回以上編集したアカウント数を示す)が少なくなっているのは分かるが、懸念されるほどの衰退なのかどうか、わたしにはわからない。また月5回以上編集する登録ユーザ数では、確かに昨年よりは減ったが一昨年よりは増えている。加えて、日本語版の特徴のひとつである、匿名ユーザの編集が多いこと(編集の半数が非登録の匿名ユーザによる。他の言語版ではせいぜい20%台にとどまるところが多い)を考え合わせると、日本語版と他の言語版の登録ユーザ数をただちに比較することにも、ためらいを感じる。コミュニティ自治ということに関しては登録ユーザ中の有資格者に限られるので、そこではじめて比較の意義もあるだろうが、スラッシュドット・ジャパンへの投稿子の懸念はそこにはないようにも思った。

また登録アカウント数はただちに実際の登録者数ではない。ひとりでいくつも登録アカウントを作る荒らし行為というのがあって、ひどいのになると毎日5つとか10つとか、いかがわしい言葉や他者を誹謗するような句のアカウントを作ったりする*2。その押さえ込み対策が2008年の春から大々的に行われてきて、その効果が新規アカウント数に影響している可能性も考慮する必要がある。アカウントが多く作られたということが、必ずしも新規利用者の拡大を意味しないということを指摘しておきたい。

統計をみるのは楽しいが、個人的にはスラッシュドット・ジャパンで振られたお題にはあまり魅力がないように思う。いまの段階でいろいろと憶測をするよりは、UNU-MERIT による昨年の利用者調査*3(cf. FAQ)や4月からはじまるユーザビリティ改善プロジェクト(Wikimedia ブログの記事(英文))やそれに伴う調査など、専門家による調査とその分析を見て、何かを考えるほうがよさげな気がする。ひとつの現象にもさまざまな側面と要因があって、なにか原因を考えたりさらには改善のための対策を考えたりするなら、まず事象そのものを出来るだけ正しく捉える必要があるだろうと思っている。

*1:うまく整形したいのですが、はてな記法ではどうするのだろ。/2009-01-18 0:28 みなさまご教示ありがとうございます。組んでみました。

*2:わたしもいささかその被害にあっていて、いや私自身の戸籍名でのアカウントはわたしが作ったものだが、旧姓のとか友人諸氏の名前のとかで、荒らし目的の第三者になるものが幾つか作られたことが分かっている。友人のなかにはそれをいやがって、アカウントの消去や改名を望んでいる人もいるが、彼らがウィキペディア日本語版に直接交渉したかどうかは私は知らない。同じ交渉をして不本意な結果に陥っている方の例はみたことがある。他のウィキペディアだと、そういう要望には即応対するのだが、日本語版の文化はわたしには正直ときどき理解できないことがある。

*3:10月末に複数の言語でアンケート調査を行った。