アメリカ合衆国の諸宗教

巷でオバマ米大統領の就任演説まわりでの宗教への目配りということがバランス話題*1になっている。

上の記事は、関連儀式に起用された牧師3人のうち、福音派の牧師と聖公会の同性愛者でもある牧師の2人について、その背景を紹介しつつ、起用した大統領側の意図を探っており、興味深くよんだ。キリスト教右派と左派とのバランスをとり、かつ無宗教者を含む他の集団にも目配りをする、という趣旨の分析がされていて、なるほどと思った。

私も当日就任演説を見ていたのだが、ヒンズー教無宗教への言及があったことには少し驚いた。はてな匿名ダイアリーの、新聞三大紙の翻訳を対比した記事からその部分を引用する。

We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus - and non-believers.

(M)キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。

(A)私たちの国はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒ヒンドゥー教徒、そして無宗教者からなる国家だ。

(Y)我々は、キリスト教徒やイスラム教徒、ユダヤ教徒ヒンズー教徒、それに神を信じない人による国家だ。

毎朝読対訳:就任演説(7)

まず無宗教について触れると、これはいわれているように、アメリカでは大きな出来事だろうなと思った。なにしろあの国ときたら、法律上は世俗国家(国教をもたない)であるはずなのに、議会や法廷(そして大統領就任式)など国会が法律で定める行事で聖書に手をおいて宣誓させるのである(他宗教を信じる人にどういう取り扱いがあるのかまでは知らない)。そういうことだから無宗教というので形見肩身*2が狭い不都合な思いをすることがあるというのは洩れ聞いていて、だから「無宗教者」を公式にポジティブに言及するということになにがしかの変革への意志があるのだろうとは感じた。

そうしてヒンズー教だが、思ったことはふたつあった。「おや。アブラハムの宗教以外への言及がある」「ヒンズー教だけかい」。前半は好意的な気持ち、後半はそれはどうよというやや批判的な思いである。そうして、とはいえ、このことはアメリカ合衆国ではさほど大きな話題にはならないのだろうなと漠然と予感した。なにしろ人口の7割から8割がキリスト教、他の宗教の信者はそれほど多くない。ただ、なぜそこでヒンズー教徒に言及するのかな、そんなに多いのかしら、という疑問はかすかながらもった。もったけれどもすでに夜遅かったので寝てしまった。

演説のその部分がいくつかのブログで取りざたされている。

仏教徒への言及がないという。id:ajita さんによれば、仏教徒はいま米国の総人口の2%というのだが、私の手元にある統計ではそれほど多くない。とはいえ、同じ統計によればヒンズー教徒より仏教徒のほうが米国でも多いらしい。

The total reporting non-Christian religions in 2007 was 4.7%, up from 3.3% in 1990.[139] The leading non-Christian faiths were Judaism (1.7%), Buddhism (0.7%), Islam (0.6%), Hinduism (0.4%), and Unitarian Universalism (0.3%).[138]

United States - Wikipedia

上掲部分は"Religious Composition of the U.S.". U.S. Religious Landscape Survey. Pew Forum on Religion & Public Life. 2007. Retrieved on 2008-10-23. によるとされている。そのファイルを覗いてみると、確かにそういう数字である……。ヒンズー教徒の倍近い数の仏教徒が米国にはいるはずなのだ。仏教徒は0.7%、少ないとはいえ、1.7%いるユダヤ教徒についで大きい非キリスト教信者の集団となる。しかしオバマ就任演説では仏教徒への言及がなく、それより数が少ないヒンズー教徒とムスリムへの言及がある*3。これは何なのでしょうかね。

最大限好意的にみれば、原稿にはあったのだが緊張のあまりすっとばした――就任宣誓だって噛んでたしね――そしてしまったと思ったが訂正はせず何もなかった振りをした、という可能性もあるが、しかしそれはそれでどうかなあ。もっとさっぱりなのは、仏教がヒンズー教の一分派とされている可能性だが、ていか実際にそういうことをいうインド人に私はあったことがあるので(「ブッダはヴィシュヌの化身なんだよ!」)でもそれはもっとどうかねえと思うのでおいておいて、識者の考察を待ちたい。

なおこの統計では「宗教をもたない人」は、無神論者(atheist)・不可知論者(agnostic)・特になしとした人の合計で16.1%、キリスト教を教派別に見た場合、三番目に多いメインライン・プロテスタントに次ぐ大勢力となる。そういう大きな数の集団をあるものとしてまずは認めるというのは誠実さの表れであるように思う。なのでいっそう、仏教徒の存在に就任演説で触れなかったことには、周到さという面で残念だなあと思わざるをえなかった。

関連記事:

*1:これは単純な校正ミス。やーん。

*2:ここも typo。ぐは。ご指摘をいただいた。感謝。

*3:なお、非キリスト教で上の引用に名前が出ていない宗教は「世界の他の宗教」としてまとめられ、0.3%以下であるとされている。