いや、それは違う―ウィキペディアにおける匿名性と検証可能性

土木学会であったウィキペディア(日本語版)関連の講演会にいってきた方の匿名のリポートがあったのですが、

出典が必須なのは匿名投稿を広く受け入れたいから。

http://anond.hatelabo.jp/20100617222448

いや、それ、違うから。どうしてそういう理解にこの方が至ったのかわからないが、文献表記が必須なのは主に1)情報の信頼性を確保するため、付随して2)他者による知的貢献の帰属を明らかにするためで、筆者の匿名顕名ということとは別の次元の問題である。

学術論文を書き、そこに先行研究を引用するのと同じ作法を、ウィキペディアは記述に際して要求する、たんにそれだけのことで、匿名投稿を受け入れるかどうかということはさしあたり関係がない。

日本語圏ではこのあたりの意識が弱いようだが、百科事典の項目とはそれ自体がひとつの学術論文であるという見方がヨーロッパにはある(今日の百科事典の直接的な起源はフランスの18世紀、啓蒙時代に求められる)。そうした百科事典の項目は往々にして数ページにわたる大部なもので、詳細な文献リストが付属し、記述のそれぞれの典拠となる文献が項目ごとに設けられた注で示される。ウィキペディアもこの文化のなかにあり、同じ形式を踏襲したのである。

なお「匿名投稿を広く受け入れたい」ということはウィキペディアにとっても全ウィキメディア・プロジェクトにとっても、それほど重要なことではない。もちろん門戸を広く取ることを我々は重要なことと考えているが、それは主に新規参入者への閾値を下げることを念頭においており、匿名投稿を奨励しているわけではない。「匿名投稿を広く受け入れたい」から何かをするというのはウィキペディアの運営の思想のなかにはない。必要があれば、半保護記事のように匿名投稿を不可能にすることもあるし、英語版ウィキペディアのように匿名投稿者の新規記事投稿を禁止して久しいところもある。

以下は蛇足だが、ウィキペディアの上では厳密には匿名ということは起こらない。すべての投稿は履歴欄に投稿者と投稿日時が記録されている。利用者登録をせずに投稿することは可能で、便宜上我々はそれを「匿名」(anonymous)と読んでいるが、その場合IPアドレスが利用者名にかわって公開されるので、かえって個人情報の流出の可能性は利用者登録をして顕名になっているときより増大する。IPアドレスから、所属や投稿時の地理的な所在地が分かることは往々にしてあり、過去にはウィキペディア上の犯罪予告から逮捕に至った例もある。

追記:7日付でお返事をいただいた。http://anond.hatelabo.jp/20100707 TBはきていないので、ブログ上に残しておく。ご説明ありがとうございます。ご趣旨は了解しました。