コミュニティの健全さ

OSC神戸のスタッフ仲間である澤登さん(@sawanoboly)が、昨日こんなことを書いていた。

頼まれたことに対して、『無償だけど3ヶ月かかります』というのと、『3日でやるからお金ください』というの。オープンソースのコミュニティとしてどちらが健全か。私は後者だと思うぞ。

@sawanoboly

それに触発されて、ちょっと考えてみた。ただし私が多少なりとも具体的に知っている FLOSS (Free/Libre-Open Source Software) コミュニティは MediaWiki に限られるし、それも実際の貢献としては l10ni18nに少し関わっているくらいで、きほん一方的に機能要望を出すだけの人なので、偏った見方である可能性をお断りしておく。

オープンソースの、というか少なくとも Mediawiki の場合、上の選択は二択ではない、という気がする。そもそも二項対立が設定できない気がする。理想化しすぎているかもしれないけど*1、原理においては、それを二択にしないのがオープンソースコミュニティじゃないんだろうか。つまり、どちらがあってもよくて、そのどちらを選択したからといって、他方に比べてより健全だというわけでもない、というのがコミュニティベースの開発というものではないかという気がする。

技術者からの条件提示に置き換えてみる。「ただでやるなら3ヶ月ちょうだい。でも、ほげ万くれるなら3日でやる」というのは二つの選択肢のどれも、それなりに妥当な提案ではないかと思う。ここまで極端な例でなくても、似たような事情で開発者が短期雇用されることは、Mediawiki 関連では過去にいくつか例がある。ウィキメディア財団ウィキペディアの編集コミュニティの要望を満たすために、特定の拡張機能を開発するコミッター*2が財団やあるいは国別協会の契約職員になったり、場合によってはさらに常勤職員になっている。この前来日した Ryan Lane もその口だ。職員として働きつつプロジェクトに貢献するかボランティアとして貢献するか、そこに健全さの度合いの違いはないと思うのだ。

プロジェクト*3やそこに参加している組織が技術者を雇用する最大の利点は、雇用側からみれば、いざというときに「これをやって!」といえることにある。ウィキメディア財団の初代のCTOだった Brion Vibber が財団の職員になったとき、Jimmy Wales はいみじくもいったものだ。「Brion を職員に出来て、すごく嬉しいよ。これで、してほしいことを確実にやってもらえるからね」――裏を返せば、ボランティアには命令することが出来ない。善意と自発性に期待するほかない。むろん、つねにそのような特定少数個人の善意に依存しない道を開き持続可能性を高めることそのものは、組織の運営としては健全な発想だと私は考えるが、同時にそれはすでにいくらかコミュニティの論理を離れているだろう、とも思う。

Ryan はウィキメディア財団職員としてのTodoをブログに載せていて、その最後には「その他WMFがやれと命令したこと何でも」というのがある。その一例が今回の来日であり、KOF2010やWCJ2010等の講演なのだろう。彼はあの講演を仕事としてやってたのだけど、それはオープンソースプロジェクトとしての、またコミュニティとしての Mediawiki へ彼が参加する活動の一環でもあって、そこで仕事とボランティア活動の境界を明確に引く必要は、コミュニティ活動として見る限りは、実はないんじゃないだろか。

なので冒頭でいったように「それが二択じゃないのがオープンソースじゃない?」と思うのだ。個人の選択として、金銭を対価に受けることと、受けずに活動すること、その両方がともにプロジェクト参加の上でありうる、どちらがより健全だということを争わないでいい、それがオープンソースであり、少なくとも Mediawiki というコミュニティじゃないかと思っている。

プロジェクトからみると、大事なのは貢献があること。コミュニティに対してアウトプットがあることで、それをコミュニティは正当に評価する。ここで正当に評価するとは、レビューして*4採用できるものは採用する、その上で妥当なコミッタ権などの権限請求には応えていく、ということだと思う。その過程で、誰かがその貢献者にお金を払うか/経済的に報いるかどうかがコミュニティの健全さの指標になるかどうかというのは、ちょっとちがうんでないかなあ*5。コミュニティが有償であれ無償であれ貢献によって成り立ち*6その貢献が品質に基づいて正当に評価される、そこにオープンソースコミュニティの健全さがあるのだと思っている。

*1:俺のコードがレビューされないじゃねーか、というボランティア対財団系技術者的な議論がこの夏に wikitech-l であったことも事実である。

*2:ただし Mediawiki 界隈の用語ではコミッターといわず developer という。つまり開発者だ。

*3:Mediawiki project 自体は誰かを雇用していない。Mediawiki のトレードマークはウィキメディア財団が所有しているが、プロジェクトそのものはボランティアによるもので、ウィキメディア財団からは独立している。

*4:Mediawikiのコミッタの間で最近あった議論でも、財団側がボランティアを軽視している、いやしていないという議論を延々やった後、「コードレビューを週ごとにやったら問題の解決になりますか?」という提案が出てきた後、一挙に議論が収束した。評価の結果以前に、成果物が評価されるのかどうかということ自体がコミュニティにとって大事なのだと改めて感じさせられる。

*5:むしろそれは市場の健全さとか、コミュニティよりもっと大きな社会の問題であるような、そんな気がしている。

*6:佐々木朋美さんのブログ『Ripplet.jp』「Wikimedia Conference Japanのイベントに、通訳として参加しました」に「コミュニティ参加の話題で、盛り上がりました。/……/Ryanは「contribute」という言葉を使っている、と言っていました./有料でも無料でも「contribute」すなわち「貢献する」ことには変わらないから、と.」とあって、それで私のこの理解も Mediawiki コミュニティの中ではそうずれてないんじゃないかとも思う。