訳すな、頭から読め

訳さないで頭から読む、英語に限らずあらゆる語学はこの方法で読むのが一番よいと信じる。効能は三つ。1.読むのが早くなる 2.(発音さえ聞き取れれば)耳で聞いてすぐに分かる 3.自分が話したり書いたりするのが楽になる。

頭から読むとは、外国語を一字一句日本語に置き換えながら逐語的に読み上げる訓練メソッド。声に出してやるのがおすすめ。記憶への定着が早いし、どこで詰まるか自分の癖を把握しやすくなります。すべての単語を日本語に置きなおします。冠詞でも、前置詞でも。さぼってはいけません。さぼればさぼるだけ身に付かないと思ってくださいね。

2008-12-28 追記:複数の方から「和訳を先に読む」メソッドをご紹介いただいた。「頭から読む」が精読メソッドだとすれば「和訳を先に読む」メソッドは多読メソッドかといえる。つまり英文を正確に読む訓練に対して速く読むメソッドだということだ。後者も大事なのだが、正確さなしに速さというものはありえないと私は考えている。そして訓練ということを離れれば、翻訳を読めばよいというのは、翻訳などされていない大量の英文がある現実を前にしては机上の空論でしかない。いっぽう頭から読む方式では時間がかかるが、これは未翻訳の文書にも適応可能である。

英語を頭から読む

例を示します。例はウィキペディア「簡単な英語版」Simple English Wikipedia から取りました(2008-12-24 16:00 UTC にアクセス)。このウィキペディアではだいたい1600語くらいの語彙の中で記事を書くことになっています。ここの記事が辞書なしに分からない人は、いったん中学校の英語教科書まで戻ったほうがよいかも(中学校の英語はだいたい800語前後で書かれている)。

Christmas is the Christian holiday that celebrates the birth of Jesus, who Christians believe is The Son of God. Christmas means "Feast day of Christ". However, it is not pronounced as Christ Mass; it is pronounced Kriss-muhss.

Christmas - Simple English Wikipedia, the free encyclopedia

訳す人はある程度読んでから「クリスマスはイエスの誕生を祝うキリスト教徒の祭日です……」などとおもむろに日本語文をいうのだろうが、それは忘れましょう。いまは頭から読むときです。

追記:ブックマークコメントでid:wiselerさんから音読が重要と指摘がありました。そのとおり、音読は重要です。日本語におきかえる前に必ず一度英語の本文を音読でひととおり読んでみてください。長い文章の場合はパラグラフくらいの単位で区切るとよいでしょう。それでも長いようなら、一文ずつで。

ではやってみます。

クリスマスは・存在する・その・キリスト教徒の・祭日・それ・祝う/(ここで言い直す)それは祝う・その・誕生を・から分離して・イエス/(ここで言い直してまとめる)イエスの誕生を/人・キリスト教徒が・信じる・存在する/(ここで言い直してまとめる)その人をキリスト教徒は……であると信じている/その・息子・から分離して・神/(ここで言い直してまとめる)神の子であると、信じている。
クリスマスは・意味する・祭・祭の日・から分離して・キリスト/キリストの祭の日を(まとめている)。
しかしながら・それは・存在する・ない・発音され/ない(短いがここでもまとめている)・として・クライスト・マス・とは/クライストマスとは発音されない(まとめました)つまり・それは・存在する・発音される・クリスマスと。

ぶちぶちしていて何いってるのか分からなかった? でもこれが英語を喋る人の頭の中で起こっている思考の流れほぼそのものです。これに慣れることで、はじめてナチュラルな英語の流れにしたがって読み書き聞き話しできるようになります。大丈夫です。誰にでも出来ます。英語を話す国ではその辺の洟垂れ小僧もこれをやっています。連中は日本語に直すわけじゃありませんが。習得のコツは三つあります。

1.たくさん読む
たくさん読むことです。とにかくたくさん読むことです。量をこなさなければ身に付きません。難しいものである必要はありません。自分の実力よりすこし易しいくらいのものを読んだほうが特に開始直後にはかえって身に付きやすいように思います。ウィキペディア簡単な英語版 http://simple.wikipedia.org くらいの、普段なら易しすぎると思われるくらいのほうが量をこなすにはちょうどよいのです。また中学・高校の英語教科書もおすすめです。慣れたら難易度を上げていきましょう。

2.声に出す
「前から読んでいて忘れてしまう」という意見をウェブでみました。困りましたね。根本的には慣れてきたら忘れませんよといいたいのですが、当座の解決にはなりません。対策としては、声に出して読むことが有効でしょうか。声に出すことで視覚と聴覚の両方が使われて、ちょっとですが感覚刺激が豊かになり、その効果で若干記憶の歩留まりがよくなります。声に出して日本語におきかえて読みあげましょう。こうすることで、細かい部分を読み飛ばしていないかどうかのチェックにもなります。

3.適度にまとめる
上の例でも何箇所かでそこまで読んできたことをまとめています。人間が短時間におぼえられることには限りがあることが知られています。適当なところで意味にしたがってまとめることで、前に読んだことを忘れることを防げますし、そこまで読んだことを自分が正しく理解しているかどうかチェックすることも出来ます。でも全文を「訳して」まとめてはいけません。意味が取れていないなと思ったら、訳すのではなく、もういちど頭から読んでみましょう。

細かい部分をどうするか――冠詞と前置詞・そして英英辞書のすすめ

上の実例で「存在する」とか「から分離する」とか数回出てきました。それぞれ be 動詞、前置詞の of をいいかえています。両方とも基本単語なので英和辞書を引くといろいろな語義が載っていますが、それはこの際忘れます。翻訳をするなら別ですが、いましているのは翻訳ではありません。わたしたちは英語を読んでいるのです。いいましたよね「訳すな、頭から読め」って。

英語を日本語に一語ずつ置き換えるのが、「頭から読む」方法の基本ですが、このとき「この単語はここではこの意味に違いない」ということに過度にこだわってはいけません。意味といいましたが、正確には「日本語の対応する訳語」で、しかしわたしたちは翻訳しているのではないのですから――頭から読んでいるのですから、それはさしあたり関係がない。むしろ、その語の中核となる基本的な意味でまず捉えて、それを後から続いてくる文脈全体のなかで絞り込んでいくのです。最初に日本語に直したとき、あまりに漠然として捉えづらいようなら、語義がはっきりしてきたところでそこまでをひとつにまとめるとよいでしょう。

一語でも飛ばしてはいけません。冠詞も日本語に直します。定冠詞 the は「その」・不定冠詞 a / an は「あるひとつの」と直します。ほか、不定代名詞 one は「ある人」、関係代名詞は「人」「もの」等と置き換えます。文脈から――その判断は文法の知識を要しますが主格・目的格等がはっきりしている場合には、てにをはを補っても構いませんが、決めうちしないほうが普通は安全です。等位接続詞 that は「that 以下のことを」と直します。あと否定詞 not は「ない」と置き換えます。否定代名詞 none は「ない人」とします。nothing は「ないもの」です。最初は頭がうやになりますが、大丈夫です、慣れがすべてを解決します。

単語の基本的な意味を把握するには、英英辞書がおすすめです。以前にも書きましたが、英語がうまくなりたいのでしたら、文法書と辞書は英語のものを使うのがよいと思います。最近は英語学習者向けの辞書もオンラインで利用できます。詳しくは英語の辞書の憂鬱 - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wakeをご覧下さい。

「頭から読む」方法とわたし

高校生のとき通っていた塾で、訳すな、頭から読め、と始終叱られました。塾の英語教師が「頭から読む」方法を指導していました。東京教育大(現在の筑波大)の英語科の修士を出た人で、縁があってそこの塾の専任講師を職業にしたそうです。わたしが多少外国語を使えるとすれば、それはこの先生のおかげで、まことによき師に会うということは幸せなことだと思います。

理窟はすぐにわかりましたが、慣れるにはやはり時間が必要でした。半年くらいはすらすらと頭から読めるようにはならず、「また後ろから訳している」と駄目出しが入りました。当時の英語参考書ではこの方法は一般的ではなかったように記憶しています。今はどうか知らない。予備校教師でもこの方法を教えている人がいるらしいですが、私はその方の本を読んだことがないので、論評は控えます。ただ、そう特殊なメソッドというほどのこともなく、数をこなせば身に付くので、方法の理解のためにならあえて何か指導書を買わなくてもいいようにも思います。いっぽうで、相応の量をこの方法で読まなければ身に付くことがない。なので手元に適切な例文のない場合には、そういった参考書を買うのもひとつの手かと思います。

この方法は案外に由緒のあるもので、荻生徂徠はこのやり方で漢籍を読んでいたそうです。すべての文を音読みで上からざーっと読んでいた。なので元代以降大幅に変わった中国語を、昌平坂の漢学者は同時代文献が読めなかったが徂徠には読めたと聞いたことがあります。またもっと古くは、日本でも古代の初期にはいまのような訓読というものはせず、やはり音読みで上からそのまま読んでいた痕跡が、和漢朗詠集などから伺えるそうです。読み下しを付けず音読される漢詩の句というものがあるので。

他の語学を習うときでも、わたしはこの方法を使っています。慣れると、このほうが訳して読むより圧倒的に早いし楽です。ただしこれはあくまでもその言語をその言語として読むためのものなので、適切な日本語の翻訳を作る技術はまた別に必要です。その場合には英和辞書や国語辞書も大いに活用するとよいと思います。

英語を読むのは苦手という方、頭からばりばり攻略してみませんか。たぶん、あなたが思っているよりはずっと簡単ですよ。

追記:コメントたくさんありがとうございます。お返事は長くなるので別エントリで随時差し上げております。

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