リアル・システムキッチン・参考書篇

これまでのお話

リアル・システムキッチンこと台所補給計画のシステム化の提案に、みなさまから好意的な反応をいただきました。ありがとうございます。きょうは関連する書籍――というかリアル・システムキッチンにたどり着くまでに私が読んできた書籍をいくつかご紹介したいと思います。トラックバックも沢山いただきまして、二三詳しくお返事したいこともあるのですが、それは後日に譲ります。

発想の源泉

どちらのブックマークコメントでも「丸元」への言及があったのですが、これは丸元淑生のことだろうなあ。ご推察のとおり、「システム」は丸元淑生の語法の影響もあるかと思います。ですが「リアル・システムキッチン」は丸元システムよりは簡略化され、また廉価に実現できると思います(なにしろ鰹節を自分で掻けから丸元の『システム栄養学』は始まり、次に紀伊国屋へいって仔牛のレバーを買えと来る。おら貧乏人だで、そんな暇も金もないんだっつの)。また丸元以外にもいろいろな料理本・家事本を読み、その影響を受けていますし、結婚生活の中で身に付けた様々な技法も加味しています。

私が読んだ丸元本は主に上の『システム料理学』です。丸元氏が1990年前後にビタミン・サプリメントをやたらに勧めるようになってからは、ほとんど読んでいません。自分では化学調味料をあからさまには使わないのは、丸元の影響が強いのかなと思います。

料理の四面体―東西美味発見法 (酒文ライブラリー)

料理の四面体―東西美味発見法 (酒文ライブラリー)

玉村豊男『料理の四面体』(文春文庫、1983年、再版、TaKaRa酒生活文化研究所、1999年)は高校時代に読んだのかな。世界のさまざまな料理を紹介する文化人類学的な興趣もさることながら、タイトルにもなっている「四面体システム」がこの本の急所かと思います。『システム料理学』がモダン・システムだとすれば、こちらは構造主義的なポスト・モダニズム料理本とでもいいましょうか。「献立」を固定したものとは考えず、加熱等さまざまな調理方法に、油脂やたんぱく質などを加える味付けの仕方を加える、食材変成システム(=四面体)のなかの点とみなし、調理とは食材のプロット位置がその四面体を移動していくことであると捉える発想はいまでも十分に面白いと思います。「何を作る」かではなく、台所の食材と調味料の組み合わせから献立を立てていくという自分の基本的な発想はこの本に多くを負っています。

なんで「四面体」であって正方形や他の形ではないのかというと、これはレヴィ=ストロースの料理の三角形(当時はまだ邦訳のなかった「生のもの、腐ったもの」+焼いたもので三角形になる)のパロディでありかつ玉村流の発展形としておそらく構想されているからで、その点で仏文科出身の玉村氏らしい一書かとも思います。

八木あき子『ドイツ婦人の家庭学』(1983年、新潮文庫、2001年)からも家事の効率化について多くを学びました。「買い出し日」という発想は直接には八木本から来ています。のちにドイツにいって職業婦人(家庭医)である大家さんの生活をみてきましたが、「買物日」「洗濯日」を決めて、ものによってはアウトソースし、家の快適さ清潔さを保つことと、自分の時間を作ることを両立させる姿勢には多くを学びました。

レシピ本

個々の料理本は、写真やレシピをみているだけで楽しく、挙げれば切りがないのですが、特に何度も飽かず読んだもの・またそのレシピを自分の食生活に大幅に取り入れているものを幾つかあげておきます。

檀流クッキング (中公文庫BIBLIO)

檀流クッキング (中公文庫BIBLIO)

檀一雄の有名な料理本です*1。分量の記載がない料理本というアバウトさには大いに啓発されました。しかしお嬢さんの檀ふみさんのエッセイによれば、実際の檀家の台所では「元帥」こと檀氏の指導は実に細かく厳しいものだったそうです。やはり小説家というものは神経のこまかいものであり、調理ということは奥深いものなのかと思います。扱っている料理は和洋中に渡ります。檀一雄の本では『美味放浪記』も世界のいろいろな美味を扱って面白く読めます。

食は広州に在り (中公文庫)

食は広州に在り (中公文庫)

邱永漢のこれも有名な料理本です。よりエッセイ風ですが、レシピ本としても読めます。分量の記載はやはりアバウトです。この本で注目したいのは邱氏のご夫人が、中華なべひとつ、深鍋ひとつで料理を作っていたというエピソードで、このことは他の人もエッセイなどに書いているので真実なのだと思います。それに比べると我が台所はまだいろいろな小物がごたごたとあり、貧するといえども一瓢の飮という境地には遠いなあと思います。なおここで出てくる、邱氏が懐石の批判めいたことを書いたところ(つまり量が少なく、味も全体に淡くて食品の濃厚な旨味を引き出せていないといういかにも中華文明圏の方らしいご意見)、再批判してきた和食の評論家というのは魯山人であると聞きました。なんか怪獣大戦争のごたるな。

辻嘉一辻留・料理のコツ』 (中公文庫 M 92-3)、1980年。こちらはその懐石というか和食の入門書というよりはTips本です。書影がないということは絶版なんでしょうかね。辻嘉一さんは京都・三条の辻留の、もう先代さんですか、昔は『きょうの料理』にも出ていたりして、わたしの世代より上の方には覚えている方もいるかなと思います。説明が分かりやすくて、大好きな先生のひとりでした。この本も、分量などはきちきちとは書いていません。その時々の素材や季節やに応じて決めるのがよいというお考えであったように覚えています。辻嘉一さんの料理本では、懐石を季節ごとに指導した写真の沢山入った本も婦人画報社などから出ています。図書館などにあると思いますので、どうぞご覧下さい。自分では作らずとも、盛り付けの参考になるかと思います。

村上信夫帝国ホテル料理長の楽しいフランス料理』、講談社文庫、1985年。こちらはフランス料理の本(こちらも書影がない……)。手元にないので記憶で書きますが、この本のレシピもざっくりした記述だったように思います。村上さんも『きょうの料理』の先生をしておられました。料理本は沢山出しておられますが、わたしが最初に読んだ、そして最も読み込んだ村上本はこの本です。レシピもですが、いろいろなことを学びました。ちょっとの違いでドレッシング(ソース・ヴィネグレット)の違いができるということ(ということは違う皿となるということ)、じゃがいもの皮は捨てずに野菜のフォンを引くのに使うこと、サンドイッチのバターはたっぷり(ほんとうにたっぷり)塗ること、などなど。巻末には、とくに男性に向けて、「家でおいしいものを食べられないと不満をいうなら、奥様と外のお店でおいしい食事をしてください――いい料理人はいい料理を食べなければ育ちませんし、女性の方は外で食事をすると沢山のことを吸収するものです」という趣旨の提案があって、これは帝国ホテルのレストラン部門の総責任者らしい控えめなマーケティングだなと今になると微笑ましくも思うのですが、村上さんの率直な気持ちだっただろうとも思います。辻嘉一さんもそうですが、たんに自分の店が繁盛するということだけではなくて、食に対する意識が日本の社会全体で向上してほしいという志がお二人には共通してあったようにも当時を振り返って思います。これはお二人だけでなく、あの番組に当時出てきたいろいろな方に共通することかもしれませんが。

自分の料理に関する思考の原点になっている書籍を挙げたので、いきおい古い本が多くなりました。出版から少しあとになって読んでいるので、読んだのは高校生から大学生の頃になります。他にもいろいろな方の書籍や料理記事(新聞や雑誌)を読み、参考にしてきました。機会があれば、それもいつか書いてみたいと思います。みなさんのお気に入りもお伺いできれば幸いです。

*1:『壇流クッキング』はサンケイ新聞の連載だったんですよね。そういえば。