文脈を使え

これまでのお話:

さて、kagakaoruさんにおねだりした学習法の記事を拝読して、そのブックマークコメントを読んでいると、そこにこんなコメントが。

yumizou 英語, 学習 私は大学のドイツ語で、ヒアリングが壊滅的だということにようやく気付きました。b/d/wの聞き分けができないのですが、どうしたら??

ドイツ語の話題きたー じゃなくて

id:yumizou、文脈を使え

とりあえずこれ読んでもちつけ:英語の発音 - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake

タイトルは大人の事情で「英語の発音」となっていますが、どの言語でも根本的には同じです。文法とその言語でどんな音が使われるか、そしてそれらはどう綴られるのかが分かっていれば、耳で聞いても十分理解できます。自分がどれだけ訛っているかは関係ありません。ついでに自分が流暢に話せるかどうかとも関係ありませんが、それは別のエントリで取り上げます。

ドイツ語は英語と異なり、文法ががっつりしているので、読めるなら聞いて分かるのはすぐです*1。d と b と w [v] の区別がつかないというのは一見たいへんそうですが、しかし文脈からそのなかのどれかということはほぼ自動的に決まります。それで落ち着け、文脈を使えといったわけです。

一例。

Die Mathematik giebt uns ein glänzendes Beispiel, wie weit wir es unabhängig von der Erfahrung in der Erkenntniß a priori bringen können.

http://www.ikp.uni-bonn.de/kant/aa03/032.html

おそらく心理学か社会学系の方だろうな(だからこれは読んでないだろうな)と推察して、初見であろうテキストから適当に引っ張ってきました。パラグラフの途中なので話題が唐突ですがそれは気にしない。d と b と w にだけ気をつけてよく見てみましょう。誰かに読み上げてもらっている気になって、見てもらえるといいかな。

まず冒頭が Die [di:] と始まっています、wie という単語もあるので、いきなりいやらしいですね。と思うのは文脈が読めていないから。これ、その後に Mathematik giebt と続きます。名詞+定動詞と続く以上、ここにこられるのは文法的に定冠詞の die しかありえません(wie が来るなら、定動詞倒置しなければおかしい)。最初は保留しておいても、次を聞いた瞬間に、決まりますね。ここにくるのが関係詞で動詞後置となると、「どれだけ」と「それ」のうちどちらかってのはそろそろまじめに考えてもばちはあたりませんが、まあそれこそ文脈からわかりますわな。なお bie* という語は多分ないはずなので、これは可能性として考えていません。

次に Beispiel (例)という単語が来ますが、ドイツ語には Weispeil* という語も Deispiel* という語も存在しませんので、悩むことはありません。b で決めうちしてOKです。

そのあと"wie weit wir es unabhängig" ... と来ます。ここで die か wie かはいちど保留します。先ほどのように後ろを聞けばわかる。weit は Beispiel と同じ理由(他に入るものがない)ですぐにきまります。形容詞なので、すわ定動詞後置か、じゃ関係詞の die かと思うかもしれませんが、"wie weit"(どのくらい遠い)のほうが die weit よりもずっと自然でありうる表現です。なのでここは wie weit だろうと思っておく。次に wir ときて、dir (単数二人称与格)かなと思うのはやはり文脈が読めていません。この手の小難しい本で読者に呼びかけるのに du を使うことはあまりありません*2。それにいきなり間接目的語が来るのは、文法的に不可能じゃないですがだいぶすっとんきょうです。ここは主格の wir でよい場面です。そのあと unabhängig も Beispiel や weit と同じ理由でこの語だと決まります。

"unabhängig von der Erfahrung"(認識から独立に)、der と wer とあるからわからない、というのは文法をしっかりやっていればこれもありえない。疑問詞の wer はこんなところには来ません。wie weit wir ... の枠のなかでいきなり他の主格が出てくることはありえない。というより、von の直後なんだからここは与格に決まっていて、なので der (定冠詞の単数女性与格)に決まる。ここも悩むところではありません。[be:r] となる単語はありますが、熊です。熊。それはやっぱ、ちょっとありえないよな。こんなところに熊がでてきちゃいかん。

というわけで、綴りの上ではいろいろと悩ましいようにみえますが、後に来るものが前に来るもので文脈上も文法上も絞られていくので、文法がわかって文脈にはぐれずに付いていけていれば、話の筋を見失うことはありません。もちろんドイツ人がナチュラルに話すスピードでこれをやろうと思うと、こちらの文法能力は最高度に磨き上げておく必要がありますが、なに、われわれには関口存男という強い味方がいるじゃないか。関口の初級ドイツ語文法を繰り返しやることでドイツ語力は相当に鍛えられます。ていうか種村季夫は関口を10周やったと大学の先輩からは聞きました。*3

で、ここまで書いて、ドイツ語じゃなくて他の言語でのききわけが問題なのかなと思い当たりましたが、根本的にはどの言語でも事情は変わらないんじゃないかなあ。なおわたしもスペイン語を始めてから自分は th と s の聞き分けが出来ていなかったことに気がつきました。

お互い、がんばりませう。

*1:相手が高地標準ドイツ語を話していることを前提にしています。相手の訛りがものすごい場合はお手あげです。ていうかドイツ語ネイティヴでも分からない訛りというかEU的には下手すると別の言語扱いの方言とかあるので、そういうのはドイツ語の訓練ではどうにもなりません。

*2:余談ですが、講義などで、講師がかなりフランクな場合でも、やはり du には出番はありません。その場合は複数の親称代名詞 ihr が使われるからです。もちろん、ゼミナールなどで個人に向って呼びかけるなら、du ですが。

*3:とはいえこれは都市伝説なのかも知れず。ほかで聞いたことないので。