えるてすてす

「あれには前があるのかないのか」問題。ありそうでもあるし(とすれば第一批判に対応すると考えるのが一番ありそうな話)、だが、あれはあれで完結して読めもするわけで、であれば、むしろ全体としては第二批判を批判的に継承しつつ、中で哲学=第一批判に少し触れ、倫理(学)の課題である理想的な法*1を表示する Medium としての n.Mg. を呈示する=第三批判に相当、として、完結した手稿として読むことは可能であるし、読み筋としても十分魅力的だろう*2、でも小文字で始まって段落変えもないというのが悩ましい、あれ(あいね・えてぃーく。)がもし表題だったらまた別なんだが*3、という話をしていると
伊藤さん「いや、でもあの頃の草稿、小文字で表題っていうのいくらでもあるよ

もしそうだとすると、すげえ話が簡単になるよな。……e.Eth.k ってそういや、下線もついてなかったっけ?

ひとつ学習。D文の人はやっぱまぬすくりぷと読むんですな。文献学的研究ってやはりそうでなくてはいかんの。と思う。さてPdKは草稿のファクシミリ版ってあるのかしらん。……そもそもいま、オリジナルは残ってるんだろうか……

なお学生さんからは「先生、全然分かりません」と評判が悪いらしい。まあな。後毒集団のでんぱ文書だもんな……*4
ちなみに後期は編著者みずから「ドキュソ」と呼ぶ超ドキュソ文書からだそうが、省くと次の次(これはデムパ)になめらかにつながらない(表象と仮称の説明もしなくちゃいけないし)という罠。締めはあどるの。Lb・Kんとと滑り出しはいいのに、この中間のドキュソぶりはなんだろう。ていうか、えるてすてすからが激しく電波という気が……

たいとさのところのコメント欄Bさん発言に「そうか崇高論で悲劇/道徳/倫理性への言及が出てくるのは、崇高論が本来もつ政治性のゆえにか」と気付く。その意味でも崇高と雄弁術/政治の場を切り離すKの姿勢は特異だ。なおKUではKwに崇高を認めないKんとですが、『Sと崇高……の覚書』では「ホメロスは崇高である」(Pは認めないだろうが)。これ結局本文に入ったのだろうか? まあそのうちに確認。

*1:ここでは定言命法より、むしろギリシア的なノモス―法であると同時に慣習でもあるような―を考えるほうがよいように思える。

*2:第三批判の構成をひっくり返して、というのも可能だと気がつく。が、Freiheit/Idee des S./n.Mg.という構成からしても、第三批判第二部の書き方を念頭においても、第二批判が射程に入らないと考えるほうが不自然に思える。まあ第三批判「全体」を政治論として読めば第三批判に対応していると考えてもいいが、そこまで踏み込むなら逆にKんとではなくSらーベースの話として読むほうが自然だろう。倫理学が国家論に直接して、それは美的な基盤を持つべきだ、というのは直接にはKから出てこないし。

*3:私としてはそれが一番ありそうな話だと思う。

*4:でもHがあれを保存していたということには、なにかしら意味があるのだろう。たんに青春の思い出ということかもしれないが。いや、Hだから、後から考えが変わっても残してそうだな。J期あたりまではあれを引きずっていそうだし、と思い直す。